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我が人生紀行。「幼少の頃 ①」その2

私が産まれる前の高橋家の住まいは・・・

長崎で有名な、彼のグラバー邸がある南山手町にありました。

http://www.glover-garden.jp/

2018112919248.jpg

ひょっとしたら、私のご先祖様はグラバーさんと顔見知りだったかもしれません。

 

そこから引っ越しをした先が出来大工町です。

その出来大工町には、福澤諭吉が使用したと伝わる井戸がありました。

しかも私の家のすぐ斜め前です。

20181128205814.jpg

※参考:http://www.city.nagasaki.lg.jp/nagazine/rekisi/index.html

 

 

 

 

 

「出来大工」という町の名前は、1672年(寛文12年)に名付けられて以来、

およそ300年間、一切町名の変更は行われていないようです。

名前の由来は1663年(寛文3年)の大火後の町割りによって、

分割・出来きた大工町として出来大工の町名が名付けられたという事です。

 

皆さんご存知のグラバーさんや福沢さんの名前が出てきましたが、

高橋家一族は、どうも有名人の追っかけをしていたんじゃないのでしょうか・・・?(笑)

 

 

…って話はこれくらいにして、

 

5歳までの私は自分で言うのも可笑しいですが…

 

とにかく運動神経が抜群でした。(笑)

小学一年生になって直ぐの頃、「かけっこ」で4年生に勝った記憶があります。

とにかく負けん氣が人一倍強かったのを覚えています。

6人兄弟の末っ子だったせいもあり、上の兄弟に負けたくない!という

想いが強かったようです。

「負けるもんか!」「負けてたまるか!」といった強氣な性分の子供でした。

 

いま振り返って考えてみると、この強氣な性分が身体にも影響を与えていたのかも

知れないなぁ、と思ったりしています。

それと、何だか変な家庭環境だなぁ…という想いと。。。

 

 

 

 

 

 

 

        【 当方での「 良い  “ 名前 ”」の定義 】

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『 命名の匠 』から導かれた、

「 寿・言祝 ( ことほぎ )の “ 名前 ” 」ならばご本人は勿論、

 周りの方々にも幸せの光が放たれることでしょう。

これは、どのネーミングにも共通して言えることです。

◎参考詳細:名付けに際し『開運盛名』をお探しの方へ
 http://www.meimeishi.jp/contents/meimeishi/#entry-27

 

 

名付け、改名、店名、商品名、ビジネス名等々の命名依頼は…

                   命名の匠            命名士 高橋 呂侑

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